映画「それでもボクはやっていない」

痴漢に間違われて現行犯逮捕された青年は「やっていない」と言い続けますが,取調べ,裁判へと進行する冤罪を描いた社会派の映画です。

監督・脚本:周防正行,出演:加瀬亮,瀬戸朝香,山本耕史,もたいまさこ,役所広司,田中哲司,光石研,尾美としのり,田口浩正,清水美砂,竹中直人,小日向文世ほか

金子鉄平(加瀬亮)は逮捕され,取調べをする刑事に,「正直に認めれば,すぐに出られるんだ。略式で罰金を払えば釈放だ。」と迫られます。主任弁護人の荒川(役所広司)と新人弁護士須藤(瀬戸朝香),母(もたいまさこ),友人(山本耕史)らが鉄平を支援します。東京地裁の法廷や留置場・取調室を再現するなど,「本物志向」の作品です。映画そのもの娯楽性や面白さなどというよりもドキュメンタリーに近い感じで見ました。

電車内での痴漢事件では,被害者女性が被疑者を同行して駅員に引き渡すなどして現行犯逮捕すれば99.9パーセント有罪になるようです。被告人が犯罪事実を否認している事件でも97パーセントが有罪になってるようです。それにしても被害者女性が法廷で当時を思い出して証言しなければならない現実もあるのですね。痴漢事件防止の面からも犯罪者を逮捕して罰することが当然のことです。ただし,冤罪事件があってはならないことです。

しかし,人が人を裁くわけですから冤罪は起こります。裁判は一種の「知的ゲーム」です。検察官と弁護士がプレーヤーそして裁判官がレフリーです。刑事裁判ですから検察官が犯罪事実を証明できれば「有罪」に,検察官が犯罪事実を証明できなければ「無罪」という判決になります。裁判はもともと真実を明らかにするものではありませんから,神様と被告人だけが犯罪事実が存在しないことを知っている場合もあります。

検察官が不利な証拠を出さないのは当然なことですし,被告人は客観的な証拠を持っていません。裁判官は,被害者女性の「触られた」という供述と被告人の「やっていない」という供述のどちらが信用できるのかを判断することになります。したがって,冤罪事件については取調べを担当する検察官の能力や良心によって,「被疑者(不起訴)」で終わるか。「被告人(起訴)」になるのかの分かれ道なのでしょう。

痴漢事件は現行犯逮捕されて犯罪事実を否認すると長期間拘留され,職を失うことが多く,その結果厚生年金等を失います。そして裁判に勝っても元の職場に戻ることができないことが多いのが現状です。罪を認めてしまう方が得なのでしょうか。それとも「知的ゲーム」に参加しますか。昔々,私は当時の国鉄・中央線と地下鉄・丸の内線で通勤していました。その途中の区間で中央線「中野駅~四ッ谷駅」間と丸の内線「四ッ谷駅~赤坂見附駅」間は非常に込んでいましたから,痴漢に間違われないように,できるだけドア付近には立たずに両手を挙げてつり革などを持っていました。

この映画を見終わった後,次の冤罪事件が頭に浮かびました。
2007.1.20付けの中国新聞(朝刊)に,「2年服役の男性無実」との見出しがありました。「富山県警は,同県内で2002年に発生した女性暴行と女性暴行未遂の2事件の容疑者として逮捕し,懲役3年の判決が確定した男性(39)が無実だったと発表した。・・・・・・この男性は約8カ月拘置された後,2年1カ月にわたって服役。05年1月に仮出所した。」(同紙から転載)。この記事の前日にテレビで同県警刑事部長の記者会見の映像を見ました。この事件を起訴した検事や担当した裁判官の今の心境をそっと聞いてみたくなりました。

この映画を見て裁判に不信感をもたれる方も多いかと思いますが,冤罪事件は例外中の例外です。ほとんどの裁判は公正に行われていて,「疑わしきは罰せず」と適正な判決が出されていると思います。裁判の信頼が失われると法治国家としての機能が損なわれます。私は,「世の中で一番信頼できるのが裁判である」と信じています。

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